「歴史地理学とは何か?」この問いに答えるのは実は簡単ではありません。“歴史”と“地理”・・・2つの馴染みある語句が重なることが、逆に人それぞれに解釈を独り歩きさせてしまうようです。歴史地理学の体系的位置づけとその分野特性を詳述するためには近代地理学史の解説が必要になりますが、ここではもっとも簡潔に述べた次の定義を採ることにしましょう。
“歴史地理学とは過去の地理を復原してこれを説明し、叙述する科学である”(菊地利夫(1987):『新訂歴史地理学方法論』大明堂)
大別すると地理学は、現在の地理を研究する“現在地理学(modern geeography)”と過去の地理を研究する“歴史地理学(historical geography)”とに区分されます。そして、地理学が“人間集団が生活するためにいかに空間を組織しているか”を根源的テーマとするなかで、歴史地理学のそれは“いかに空間を組織してきたか”にあると言えましょう。したがって、対象とする時間的な位置は異なっても両者の本質と方法は同じであることから、“歴史地理学は、資料は歴史的であり方法は地理的である”という平易な表現も用いられます。
とはいえ、古い時代を研究することばかりが歴史地理学ではありません。現在の地域が抱える問題に対して適切な処方箋を出すためには、時間を遡り、発生から今日に至る過程をふまえて診断することが不可欠です。歴史地理学が活躍する場は広範囲に用意されているのです。